東山で楽しむ

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※これらの情報は過去に掲載されたものです。日程・料金等は取材時のものとなりますのでご注意ください。

東山を歩いて楽しむ ~東山かるた巡り 其のニ~
東山区内には、神社仏閣などの歴史的・文化的資源が数多くあり、まち全体が博物館のようです。
東山区には、この東山の魅力を色とりどりに描いた「東山かるた」があります。
今回は、その「東山かるた」(※)の一部をご紹介します。≪其の一 あ~こ はこちら

※「東山かるた」は、東山の魅力を多くの皆さんに知っていただくため、区民の皆さんと東山区役所が協働で制作した「カルタ」です。

と て つ ち た そ せ す し さ
「さ」産寧坂二年坂 一年坂を経て ねねの道  
産寧坂二年坂 一年坂を経て ねねの道

 産寧坂は清水寺参道の途中、左側円山公園に向かう道、町家や石畳の坂道等京都観光の代表地区。
  産寧坂から続く二年坂一年坂の両側には、みやげ物店、清水焼・甘味処と、子ども女性に喜ばれ、ねねの道へと続く。運動不足の人は身も心も癒される散策コース。早朝も良し、夕暮れも良し、人混みもまた楽し。(清水)


「し」壽延寺の 蓮に立たれる 大黒天  
壽延寺の 蓮に立たれる 大黒天

 大黒町通松原下る西側に壽延寺がある。
  安置されている「油涌大黒天」に因んで通り名と町名がついたという。蓮の上に立つ大黒天は、珍しく現在の俵の上に立つ姿とは異なる。
  またここには、牛若丸と弁慶ゆかりの十禅寺社森跡の碑がある。(六原)


「す」数百段 ひざが笑うや 豊国廟  
数百段 ひざが笑うや 豊国廟

 慶長3年(1598)、63歳で伏見城にて死去した豊臣秀吉の墓で、ここ阿弥陀ヶ峯に葬られる。
  峯の頂上の五輪塔までは約500段の階段で、相当にきつい。でも緑いっぱいの中の静けさや眺望はかえがたいものである。現在の墓や社殿は、明治31年(豊太閤三百年祭)の再建である。(今熊野)


「せ」清閑寺 霞む扇は 京の町  
清閑寺 霞む扇は 京の町

 清閑寺の庭から京都の町を見渡すと、「要石」と呼ばれる石を要に、山肌に囲まれた街がまるで扇のような形に見える。
  昔は山科方面から京都に出る時、ここから初めて京都の街が見えたので、一つの名所となっていたという。(修道)


「そ」早朝に 祈りをささぐ 耳塚に  
早朝に 祈りをささぐ 耳塚に

 午前6時過ぎ豊国神社正面通りに人がにわかに増える。
  早起きの人々が、神社や耳塚(秀吉朝鮮出兵の折、武功の証として送った耳や鼻を集め埋葬した塚)に手を合わす姿を見る。「祈る姿」に国境は無いのである。(貞教)


「た」たばこ発祥 明治のいぶき 赤レンガ  
たばこ発祥 明治のいぶき 赤レンガ

 明治時代、当時の資産家村井吉兵衛による、我が国最初のたばこ工場として知られる。
 日の光を受けて照り輝く外観は、レンガ一つ一つが微妙な色彩を醸し出しており、とても印象的である。
 残念ながら現在はその姿はみることができない。(修道)


「ち」茶の花や 建仁寺垣の 竹の技  
茶の花や 建仁寺垣の 竹の技

 建仁寺で初めて用いられた囲い垣の一種のこの垣は、四つ割り竹を垂直に皮を外側に隙間なく並べ、竹の押し縁を水平に取り付け、しゅろ縄で結んだもので、建仁寺垣といわれる。
  庭内には茶の木が多く植えられ、秋には可憐な白い花を付ける。(新道)


「つ」釣殿井 平家邸跡 しのばれる  
釣殿井 平家邸跡 しのばれる

 妙順寺の境内に「釣殿井」という井戸があり、その昔ここより平家一門の邸宅が建ち並び、建礼門院が安徳天皇の産湯に使った井戸が釣殿井であったという。(六原)


「て」天空に 鶴舞い踊る 祇園閣  
天空に 鶴舞い踊る 祇園閣

 大雲院境内にあり、昭和3年大倉喜八郎(鶴彦翁)氏が御大典記念に建立されたもの。
  祇園祭の鉾の外観をしており、東山山麓にあり市内が一望できる。尖塔の先に飾られている鳥は孔雀か鳳凰のように見えるが、実は鶴であり、鶴彦翁に因んで作られた。(弥栄)


「と」轟川 鬼を退治に 一寸法師  
轟川 鬼を退治に 一寸法師

 一寸法師が、お椀の船と箸の櫂で渡ったと言われる轟川。
  昔は、華頂山と高台寺山の間から流れる菊渓川と清水音羽山からの轟川が合流し、今の下河原周辺が一面の川原であったそうだ。轟川の水質は清澄、お歯黒蜻蛉が飛び交う光景が懐かしいと、付近の人は今もつぶやく。(清水)


マップ 轟川 大雲院 壽延寺 建仁寺 たばこ製造工場発祥の地 産寧坂 妙順寺 豊国廟 清閑寺 豊国神社

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